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 March 1999 〜1999年3月〜

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歯痛で思考停止中(●☆;◇☆;)・・。 Severe toothache made me stop thinking.

 土曜日。 右下顎の歯に激痛が走った。 とりあえず,痛み止めを飲んで寝た。

 日曜日。 朝,目が覚めたら顎がピンポン玉大に腫れていた。

 月曜日。 近所の歯医者に行った。 「ウチは予約制ですので・・来週の火曜日あたりでどーですか?」 ・・うぅぅぅぅっっっっ・・( ̄□ ̄;;)

 火曜日。 なんとかムリ言って「空き時間待ち」で診てもらえた。 「歯の根っこが腐って炎症起こしてますね。 詰め物が取れたときにちゃんと治療しとかなかったからですな。 はっはっは。」 うぅぅぅぅっっっっ・・でもちゃんと手当してもらえたんだから・・文句なんか言ったらバチ当たるぞい・・(T▽T)

 ・・先週から週末にかけて,難民激増をまねくNATOのコソボ空爆やら,日本海の日米合作の(?)茶番劇「不審船追跡失敗物語」やら,話題には事欠かなかったのに・・脳みそが歯の痛みに全神経を集中しちゃってなぁ〜んも考えられなかった。

 みなさま。 くれぐれも,歯は大切に・・ねっ♪ [1999/03/30]

 

ピノチェト再審理。 How does UK treat the monarch?

 「NATOがコソボ問題でユーゴスラビアを空爆」というニュースに隠れているけど,再審理となっていたイギリスのピノチェト問題の判決がきょう出る。

 予感としては,裏の政治的なカケヒキの結果「スペインには引渡さない」という「(古い時代の)オトナの」決定が出て,元独裁者は無事チリに帰る・・というシナリオのような気がする。 うーん・・残念(?)。

 まぁ,それは今夜になればわかることだけど。 それより,さいきんの別のニュースで気になったのは,かつてカンボジアで何十万人を虐殺した事件の親玉だったポル・ポトを,国際法廷ではなくカンボジア国内で内密に裁こうという動きが出ていること。 これは「国内での事件であるから」という大義名分があるので国際法廷に引っぱり出したいと思うのが無理なのかもしれないけど・・なんだか釈然としない。

 ほんとうの「オトナ」なら,ピノチェトやポル・ポト(や昭和天皇)をどう裁くんだろか・・。 [1999/03/24]

 

ほんまかいな・・(-。-;) Viewpoints of foreign media.

 トロントのホテルでCNNのNews Roomという番組を見ていたら,日本発のレポートで「いま日本ではSonoko Suzuki流の白壁塗りが流行のきざし」と言って,まっ白に白粉を塗って着物を着た舞子さんの映像に続いてSonoko女史がどアップに・・( ̄_ ̄;;) 資生堂のオニイさん(肩書不明)がインタビューにこたえて「1999年という世紀末を迎える年にあって,みんなが明るいもの,無垢なものを求めているんでしょうね」なぁ〜んてモットモらしくコメントしてたり・・。

 もしかして♪・・たった3日間,日本を離れているうちに・・なんだかタイヘンな事態が進行してるんかもぉぉ〜〜?? ・・なぁ〜んてのは冗談で。

 たしかに,他の国の人に比べると日本や韓国の若い女性は化粧が濃いとは思う・・でもSonoko流ってぇのは違うような気がするぞ・・。

 CNNが何を考えてあんなレポートを放送したのかはわからんけど。 日本のテレビでの,海外からの「この国ではこんなコトが流行ってる」という情報も気をつけて見なきゃ・・というコトですか。 [1999/03/17]

 

騒がれなきゃ良かったってのかよぉ? Who is responsible for what?

 このページ,なんだかんだで愚痴ばっかになるんで最近イヤ気がさしてサボってた。 愚痴なんて読まされるほうだってイヤだしね。 でも,きょうも愚痴。

 中村正三郎法務大臣が辞任した。 「私の言動により国会運営に支障をきたしていることの責任」を取って辞表を出したそうだ。 国会が空転したから仕方なく辞めるんであって,べつに自分の言動が悪いとは思ってません・・と言わんばかりの理由。 うーむ。

 就任以来,「少年法の刑事罰の対象年齢の引き下げを検討すべきだ」「検察は,小渕総理が指名した大臣(中村氏)の指揮下にあることを厳密に心において仕事をせよ」「軍隊も持てないような憲法を作られて改正できずもがいている」というような,法務大臣という立場を(わざと?)無視したような勇み足発言が続いたかと思うと,自分が所有するリゾートホテルがある島に進出しようとしたライバル業者の「無許可開発」に関して法務当局に捜査を促したり,あげくに入国管理局に提出させた某米国人有名俳優の自筆の書類を私蔵した疑いをもたれて曖昧な答弁しかできなかったり・・なにかと話題の多い人でした。 まぁ,過去に複数いたような,他国に対して自国の過去を偽る(美化する)発言をして閣僚の座を奪われた人たちほどには度胸がすわってなかったと言うべきかもしれないけど・・。

 くだらんコトで騒ぎすぎる世間(というよりマスメディアか)も品がないけど,自分が言ったコト・やったコトの内容には触れずに「お騒がせした責任をとって」辞めりゃぁいいんでしょう・・みたいな連中が多すぎるし,なぜかそれで許されてしまうってのもなぁ・・。 ニッポンってば,やっぱ「不思議の国」なんでしょうかねぇ。 [1999/03/08]

 

記憶にとどめるべきは・・。 Transplantation surgery from a brain death donor.

 脳死の提供者から心臓・肝臓・腎臓を移植する手術が,臓器移植法施行後はじめておこなわれた。

 この手術をおこなった施設(脳死判定・臓器摘出の高知赤十字病院,心臓移植の大阪大学病院,肝臓移植の信州大学病院,腎臓移植の国立長崎中央病院と東北大学病院)は,今後「あの」札幌医科大学病院(1968年に疑惑の脳死心臓移植をおこなった)と並んで日本の移植医療の歴史に名をとどめることになるんだろう。 (技術的な点では,なにも新しいことはないんだけど・・世界では心臓も肝臓も年間(!)数千件もおこなわれている手術だからね。)

 今回の騒ぎ(になってしまった)の報道の中で考えさせられたのは,臓器提供の意志表示を残した提供者本人のこと以上に,遺されたその意志表示に同意をした遺族の方々の揺れ動いたであろう心中。 あんな報道(患者の年齢・性別・病状・入院した日時など)をされたら,簡単に個人を特定されてしまう・・ということは,今後「提供者の遺族」として取材を受けたり,脳死からの移植を認めない人たちから心ないイヤガラセを受けたりする可能性も出てくるのに,しかも予想外の「脳死判定やりなおし」という事態にもかかわらず,脳死判定と臓器提供に同意を続けられた決断の裏には,おそらく相当な葛藤があったに違いない。

 臓器を提供された患者さんのご冥福を祈ると共に,あの騒ぎの中で臓器提供・移植に同意されたご遺族の方々に敬意を表します。 さらに・・心臓・肝臓移植の手術を受けた患者さんの手術1年後の生存率は70%程度なのだから,今回の手術を受けた患者さん(とくに日本では2例目の心臓移植に関して)が,今後もし順調ではない経過をたどったとしてもマスメディアから不当な非難を浴びることがないように祈りたいと思います。

 「日本人は人間の臓器まで買いに来る」というアメリカやオーストラリアの(一部の人の)批判がなくなる日がくるといいですね。 [1999/03/01]

 

 

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