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 November 1999 〜1999年11月〜

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住宅密集地に空軍基地はイラナイ。 Survival aspect [2].

 きのう,埼玉の入間川河川敷に航空自衛隊のT33練習機が墜落した。 亡くなった乗員2人は飛行時間5000時間以上のベテランで,基地との交信で「Cockpit smoke.(操縦席に煙が入ってきている)」「Emergency.(緊急事態だ)」「Bail out.(緊急脱出する)」と伝えていたそうなので,機齢40年以上の機体に何かトラブルがあったのだろう。

 乗員のひとりは墜落現場のすぐ近くで,もうひとりも現場手前の河川敷で発見されたとのこと。 入間川は基地の滑走路の延長線からは北へずれているので,もし墜落したときにも被害を最少に抑えるためにわざと迂回して川に沿って進入し,最後の瞬間まで住宅地を避けようと必死にコントロールしたことが想像される。

 これが山の中や海の上なら,パラシュートを開いて安全に着地(着水)できる高度のうちに脱出できていたはずなので,事故そのものの原因(機体のトラブルなど)はともかくとして,もし基地の場所が住宅密集地でなかったら乗員2人の命は失われなくてすんだ[可能性がある]。 それを考えると,脱出して自分の命を救う可能性を自ら捨ててまで操縦を続けた彼らのプロ意識に畏怖すると同時に,いくら狭い国土だからといっても住宅密集地に基地が多数存在している日本の現状は危険すぎるので何とかすべきだと思う。

 自分の家が厚木の米軍基地の進入経路のすぐ脇にあって日頃から恐怖を感じている(米軍機のパイロットなら安全高度のうちに脱出してしまうだろうから,なおさら・・)だけに他人事とは思えない事故だった。 きのうの事故で亡くなった中川尋史・門屋義廣両氏のご冥福を心からお祈りします。 [1999/11/23]

 

ダウンロードで日が暮れて。 Kanji-Talk 7.5.3 is now for free.

 アップルコンピュータ「漢字Talk 7.5.3」をウェブで公開した。 最新版は OS 9 だから「2世代前」ということになるけど,数あるMacのOSの中でも完成度が高いうえに比較的軽いと評判だったバージョン。

 7年前に初代のPowerBookを買って以来,2年前にいまのマシンを買うまで生きた化石の「漢字Talk 6.0.7.1」で満足してバージョンアップを怠っていたら,いつのまにか新規ユーザ用の「7.5.3」は発売中止になってしまっていて,ずっと探していたのだぁ・・。 一時期は「英語版の System 7.5.3 + Japanese Language Kit」という組み合わせで使ってみたけど,ときどき日本語アプリと相性が悪くて狂ったりするので,なんだかなぁ・・って投げ出していた。

 PowerPC採用以前の「68k Mac」は OS 8.5 で切り捨てられたので,古いマシンを愛用するMacのファンの間で需要は多いらしくて,秋葉原のアヤシげな店では中古マシンから奪ったと思われるCD版の(←気をつけないと特定のマシンにしかインストールできなかったりする・・)がけっこう売られている。 このあいだ某店で珍しくフロッピー版の新品を発見したけど,買おうと思ったら4万円以上の値段がついていて,あわてて棚に戻した。

 今年の1月にアメリカのアップル本社英語版の「System 7.5.3」をウェブで公開したときに「日本のアップルはケチだから日本語版は公開しないだろうなぁ・・」と思っていたけど,うれしい裏切り。 でも全部でフロッピー31枚ぶんのデータは,1ファイルに圧縮したものでも容量が36MBもあって,ダウンロードするには気が遠くなるような時間が必要。 こんな時こそ「ダウンロードの速い衛星回線」とか「どっちも速くて安いCATV」とかが欲しくなるぞ。

 きょうはネスケのftpがどーも不調で,36MBのほうを落としてる最中に接続が切れて,3回も最初からやりなおしをしたのに結局また切れて,とーとーあきらめて分割版のほうをダウンロード。 朝のうちに始めたはずなのに気がついたら夕暮れ間近で,なんだかんだと1日がかりの作業になってしまった。

 さて・・これでホコリをかぶっていた中古の LC-III も,このあいだ2980円で買ってきた新品の1GBのハードディスクに,きょう落としてきた「漢字Talk 7.5.3」をインストールして,ちょっとした軽作業用に復活できそう。 画像処理をしたり重いブラウザを使ったりするのでなければ,このクラスのマシンでもじゅうぶん実用になるもんね。 へっ!? ひとり暮らしなのに複数台のマシンがあってもしょーがないだろう・・って?? んー・・まぁ,それは聞かないでおくんなまし( ̄ー ̄;;) [1999/11/21]

 

ロシアの横暴。 Even if it is a domestic issue.

 イスラム原理主義勢力の台頭を嫌ってかロシアが続けている空爆などの軍事的行動を避けて,チェチェン共和国から逃げだそうとする人たちが国境地帯で難民化している。 これに反対するNATOやアメリカに対してロシアは「内政問題だ」と介入を拒否している(調査団の受け入れなど少しは譲歩しているみたいだけど)。

 「内政問題」ねぇ・・自国民が何十万人も難民化して国連難民高等弁務官の視察を受けて平然としている感覚は信じられない。 歴史的・政治的背景をよく知らないから間違っているかもしれないけど・・たとえて言えば「地下鉄でサリンを撒いたオウム真理教を壊滅させようと,アジトのある上九一色村を含めて山梨県全体を自衛隊が空爆しているために,県民が難を逃れて長野や静岡へ逃げ込もうと県境に集まっている・・しかも長野も静岡も入境をを拒んでいる」みたいな事態なのではないのかな? たしかに「内政問題」だけれど・・放置して良い話ではナイよねぇ。

 コソボ紛争の時にセルビア側についてNATOから冷たくされたロシアが意地を張っているだけ・・のように見えなくもないけれど。 厳冬期を前にして故郷を追われて難民化している人たちの身の上を考えると「エリツィンのおっさん,いーかげんにしなよ」と言いたくもなる。 なんなんだろうなぁ・・ (#`´;;)  [1999/11/20]

 

無知ほどステキなモノはない? Do you know chicken-pox?

 3歳になる知人の息子さんが「みずぼうそう」にかかって,夜になって熱が高くなったので近所の市民病院に行った。 当直の内科の医者が「わたしはコドモは専門外なので」と言い訳をしながら診察をするのでちょっと不安に思っていたら,いきなりむずかしい顔で「これは感染性の発疹症なので,入院して治療しなければいけませんねぇ。 いま小児科の医者と連絡を取ります」と宣告されたそうな。

 熱さましの薬をもらおうと思っていただけなのに・・と目が点になってうろたえていたところへ小児科の医者が通りがかって,話を聞いただけで「あ,それなら『みずぼうそう』みたいだから入院の必要はないけど,他の患者さんにうつるといけないから別室で診ましょう」と奥の暗い部屋に案内されて,診察を受けた結果はやはり「みずぼうそう」。 健康な子供なら何も薬を使わないでも1週間くらいで治るけど,カユイのはつらいだろうから・・と,かゆみどめの塗り薬と飲み薬(と,ほしかった熱さましの薬)を出してくれて一件落着。 でも,それまで待合室でいっしょだった何人かの子供たちはどーなるんだろう・・?

 それにしても。 「みずぼうそう」が入院しないでも治る病気だってコト,フツーの親なら知ってるよねぇ。 「専門」がどーとかいう以前の問題ぢゃないか? その小児科の医者(若くはない)がボヤキながら話してくれたところによると,最近の内科の若い医者は「みずぼうそう」だけでなく「はしか」も知らなくて,「全身の派手な発疹と高熱が出る原因不明の病気」と言って入院させて検査漬けにしていたりするコトも珍しくないんだそうな。

 ふふふ( ̄ー ̄)にやり♪ 知らないコトを「専門外だから」と逃げてよいのなら,オイラでも簡単にニセ医者になって稼げそうだな♪(゜∇゜) [1999/11/10]

 

芸術の秋( ̄ー ̄;;) Pictures at an exhibition.

 東京の四谷4丁目にあるギャラリー「プレイスM」できょうまで開かれていた,増田賢一さんの写真展「RAM」を見にいってきた。

 狭い階段をのぼってドアを開けると,壁一面に貼られている,コンパクトカメラで撮られたというスナップふうの写真。 「日常」と「エロス」の混沌・・みたいな内容なのかなぁ。 「芸術」についての教養も知識もなく,音楽や絵画その他すべてに対して「好き嫌い」のモノサシしか持っていないので,内容についての適切なコメントを書けない自分が残念。 (数ある写真の中で「あ,いーな♪」と思ったのが,ダッフルコートの女の子が地下鉄の券売機の前でカメラを見つめている絵だったりするところをみると,そのモノサシもそーとーアヤシイか・・)

 自分の理解力を超越したモノに取り囲まれてひそかにアセっていたときに「まぁ,お茶でも飲んでください」と声をかけてくださったのが,中央の小さいテーブルで写真家仲間(?)の方と談笑されていた増田さんご本人。 舞い上がって不躾な質問なんかをしたオイラにていねいに対応してくださった増田さんは,やさしい目をしたすてきな方でした。

 出不精なのでついバーチャルな体験ですませてしまいたくなるけど,自分の足で出かけていってホンモノに接する体験というのはやはり何物にも代え難いもの。 ちょっとゴキゲンな秋の一日。 [1999/11/07]

 

心が弱っている夜には。 The song remains the same.

 秋葉原でパソコンのメモリやらハードディスクやらを買った帰りに音楽CDの店に寄ってQ盤コーナーを見ていたら,なつかしいアルバムを発見してしまった。

 ここ何年かゴタゴタや迷いゴトが続いて,自分の過去の一部の記憶を封印したいと思うあまりに大好きだったハズの音楽から無理に遠ざかろうとしていたように思う。 そんな気持ちに冷水をあびせるかのようにタイトルと見慣れたジャケット写真が目に突き刺さってきて,思い出のフレーズが頭の中で鳴り始める。 うぅ・・ぐるぐる店の中を歩きまわって1時間以上も迷った末に,閉店の合図の音楽にせかされてやっと決心してレジへ。

 家に帰って,さっそく聴いてみて・・やっぱりとてもなつかしくてせつなくて。 気持ちが弱っている者どうしで傷を舐めあうのはイヤだけど,無理に強がらないで「自分はいま弱っているから休息が必要だ」と自覚するのも,ときには必要なのかも。

 あなたがいて 歌があれば 他に何もいらない
 あなたがいて 歌があれば 歩いてゆける ずっと

 ヽ( ´ー`)ノ フッ♪ [1999/11/07]

 

オフ会初体験♪ Face to face.

 某サイトの開設2周年記念のオフ会に参加してきた。 人見知りが激しいもんで(←誰がやねん・・?`´;;)これまでオフ会というのは避けてきたけど,今回は主賓の方が自分の「ネット上の恩師」にあたる大切な人なので,勇気をふるって・・( ̄ー ̄;;)ドキドキ♪

 ふだんイナカ町の閉鎖的な職場の宴会くらいしか出たことがなく,しかも「オフ会初体験」の身には,都会で活躍するビジネスマンたちやモデルさん・女優さん・ラジオのパーソナリティの人・写真家・雑誌の編集者その他はなやかな人たちと「原宿」という場所でパーティーをする,なんて状況はオドロキの連続。 何がなんだかわからないうちに盛大な会は解散して,終電に乗り遅れた数名は終夜営業のカラオケ屋で夜明かし,朝帰り。

 インターネットやパソコン通信では「普通の生活をしていては接触の機会もないような人と出会える」とよく言われるけど,ホントにそうだなぁ・・と実感。 と同時に,オンラインでは気にならないでいた相手の性別や年齢や外見に,つい意識がそれてしまう自分の感覚の古さ(頭の固さ?)を感じて,なんだか悲しかった。

 \(・_\) その話は (/_・)/ おいといて・・ネット上での文字だけでのコミュニケーションもいいけど,やっぱり直接会って話をするのはイイよねぇ。 誰かオフ会に誘ってぇ〜♪\(⌒ー⌒)/ [1999/11/06]

 

走る道交法? It may trigger an accident.

 遠い遠い都心で開催されるオフ会に遅刻したくなかったので午後3時から年休を取って早引けするはずだったのに,事情を知らない部署からの仕事の山に押しつぶされて職場を出たのが午後4時半 (#`´;;) 。 しかたがないので都心直通の電車がある駅までタクシーに乗った。 混んでいる表通りを避けて裏通りをスイスイ走って,駅のひとつ手前の交差点で赤信号に止まったタクシーがいきなり左のウィンカーを出す。

 「運転手さん,この交差点じゃなくて次の角を左折なんだけど」
 「ええ,わかってますよ」
 「でも,ウィンカー・・」
 「お客さん,曲がる角の30メートル手前からウィンカーを出せって道路交通法で決まってるんですよ」

 (゜∇゜;;) あのねぇ・・オイラだって免許持ってるからそれくらい知ってるけどさ・・交差点の手前でウィンカー出してたら,この信号で右折したい対向車はこっちが直進しないと思って曲がってきちゃうでしょーな。 こーゆー場合はウィンカー出さずに「直進するぞ」と意志表示をしておいて,交差点に進入したあとで「次の角を曲がるよん♪」と後続車に知らせたほうがいいんじゃないかと・・思うんだけどぉ・・ [1999/11/06]

 

 

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